「日本百名山について」
月日の経つのは早いもので、版画の道を歩み始めてから、25年経とうとしている。
尾瀬や上高地の四季、そして釧路湿原のタンチョウヅルなどを主なモチーフとして描き、1994年からは「日本百名山」と題して、国内の美しい山々の作品に取り組んできた。
「日本百名山」としては、この10年で70点近くの作品を描き上げてきたが、その作品のひとつひとつには、やはり特別な思いがある。
山に対する思いは百人百様であるに違いない。人は故郷の山、汗して登った山を思う。その時の懐かしい思い出をたどり、心をときめかせ、時に涙することもあるであろう。
故郷は遠くにありて思うもの、という。
そしてその故郷は「俺が村の山」である場合が少なくない。関東平野を見下ろす赤城山が、私にとっての「俺が村の山」であった。
友人たちと渡良瀬川の河原で日が落ちるまで遊んだ幼い日々。吹き下ろす空っ風の中で見上げた、冠雪の赤城山の美しさは、今でもはっきりと思い出すことができる。
人は皆そんな「俺が村の山」を持っており、思い出の中で美しく輝いている。その中から百の山を選ぶのは、私にとって困難極まりないことだった。ある偉大な先人の著書との出会いがなければ、百名山を描き始めることはなかったかもしれない。
文学者・深田久弥氏は、日本の山々を深く愛する登山家として広く知られている。数百の山を登り、1964年に発表した「日本百名山」は、日本の美を再認識させる名著として名高い。
私が渡良瀬川で鼻水を垂らしながら遊んでいた頃にはすでに、日本の百名山を選んでくれていたのである。
山の持つ品格、歴史、美しさなど様々な視点から厳選された「日本百名山」に深い感銘を覚えた私は、深田久弥氏の著作を基に、自分なりの百名山を選び出すことにした。
私が慣れ親しんだ赤城、榛名、妙義の上毛三山をはじめ、人との強い関わりを持つ桜島などを題材として制作を続けている。
真望 |